まゆつば国語教室27

浦島太郎の変遷

まゆつば国語教室27

今回は長文注意、です()

おなじみの昔話の中には、ものすごく古い、神話時代からの物語があります。

浦島太郎が代表でしょうか。

ぼくらが知っているお話とは、内容がちょっと違っていた。

で、きょうは読み比べ。浦島太郎物語の変遷について。

日本書紀

浦島太郎伝説が語られている一番古い文献は、たぶん日本書紀です。

丹波国余社郡の管川の人、端江浦島の子、舟に乗りて釣りす。

遂に大亀を得たり。便に女に化為せる。

是に、浦島子、感りて婦にす。相遂ひて海に入る。

蓬莱山に到りて、仙衆ひじりを歴りめぐり観る。

語は別巻に在り。

これだけの内容です。

詳細は別の巻きにあるというけど現存しないようです。

丹波国余社郡というのは、現在の京都府西部。

そこの浦島子うらしまこが、舟で釣りに出て、大亀をとらえた。

子どもたちにいじめられていた亀をという話じゃない。

名前も太郎じゃないし()

この大亀はたちまち女人に化けた。浦島子は感じる所あって美人だった?これを妻とした。

そして二人は海に入って蓬莱山へついた。たくさんの仙人に会った。

以上。

なぜ海に入った?

奥さんの実家だから?笑

それとも入水心中?(o;;

ともかく、ついたところが蓬莱山。中国の神仙思想にある、仙人の住む山ですね。

俗世人間界から神仙の世界仙人界へそれが、浦島物語の原型のようです。

日本書紀が完成したのは720年頃。

万葉集にも風土記にも出てくるので、7世紀には浦島の物語が広まっていたんですね。

日本の神話か、土俗的な伝承か、あるいは中国由来の物語か。

出所は微妙な気がします(;)

丹後国風土記

8世紀に成立した浦島関連の書物のなかでは、丹後国風土記が一番詳細です。

その主人公の描写は、

人となり姿容秀美かたちうるはしく、風流みやびなること類たぐいなかりき。

こは、いはゆる水江浦島子といふ者なり。

丹後国京都府北部の風土記だから、舞台は、日本書紀丹波の隣です。

名前は水江浦島子。

イケメンで、風流なことこのうえなかった。

ということは、それなりの身分の人か?

長いので、あらすじを現代語で記します。

この水江浦島子、ある日、一人で小舟に乗って海へ出た。三日経ても魚は一匹も釣れなかったが、五色の亀を釣り上げた。不思議に思ってひと眠りすると、なんと、みめ麗しい乙女になった日本書紀と同じ展開ですね。

浦島子の問いかけに、乙女は風流の人とお話がしたかったからと言います。

なぜ風流人だとわかった?

もともと知っていた?やはり超能力のある神仙系の人亀か?

はい、そうです。乙女は自分のことを天上仙家の人なりと語ります。

彼女が眠るように命じ、浦島子が目覚めると、いつのまにか海中の大きな島についていた。館の門に入ると、七人の童子、八人の童子が迎えるが、彼らはそれぞれすばる星プレアデスと雨降り星ヒヤデスだと言います。

中国の易学、神仙思想、陰陽道は、天文学と密接につながっています。

天の星の動きから、地上で起きる出来事を予想したりします。

宗教であると同時に、学問でもあります。

ついたのは神仙の島で、海底の竜宮城ではありません。

館で楽しい日を過ごすこと3年、浦島子は郷里を思い出して、俗世に帰りたいと言います。乙女は別れを悲しみつつ、玉匣たまくしげ。美しい箱を渡し、戻ってくる気があるなら、決して開けるなと忠告します。

おう。

われわれの知っている浦島太郎とほぼ同じですね。玉手箱登場。

帰り着くと、辺りの様子が変わっている。郷の者に聞くと、浦島子は海に出たまま帰らなかった、ということになっていた。

これも同じ。

島子すなはち、ちぎりにそむきて、還りてもまた会ひ難きことを知り、首を廻らしてたたずまひためらい、涙にむせびて徘徊たもとほりき。

ここに涙を拭ひて歌ひしく、

常世辺とこよべに雲立ち渡る水の江の浦島の子が

言こと持ち渡る

また神女、遥かに芳音よきこえを飛ばして歌ひしく、

大和辺に風吹き上げて雲離れ退き居りともよ

吾を忘らすな

中略。歌のやり取りが続きます

のちの人、追ひ加へて歌ひけらく、

水の江の浦島の子が玉匣開けずありせば

またも会はましを

なぜ玉手箱を開けたのか。

乙女にはもう会えないだろうと思ったんですねなぜそう思ったのかは不明。

悩んだあげく、禁じられた箱を開けた。開けてはいけないパンドラの箱を。

こういうとき歌をやり取りするのは、後世の伊勢物語などの歌物語と同じ。

すごいのは、乙女神女となっているも、はるか海の彼方からテレパシーで歌を飛ばしてくること。

内容は私のことを忘れないで。

しかし、乙女の超能力を持ってすれば、浦島子を迎えに来られそうな気もー

最後に、後世の人が箱を開けなければまた会えたのにと歌っています。

海のかなたの島で3年。俗世では何年経っていたのか、ここでは不明。

いろいろな同系の物語によると、300年というのが一般的のようです。

御伽草子

室町時代の短編集御伽草子で、現在の浦島太郎の形がだいたいできあがります。

恩返しのモチーフも、海中の竜宮城も、浦島太郎、乙姫、玉手箱の名前も登場します。

昔、丹後の国に浦島といふもの侍はべりしに、其の子に浦島太郎と申して、年のよはひ二十四五の男ありけり。

あけくれ海のうろくづを取りて、父母を養ひけるが、ある日のつれづれに釣りをせむとて出でにけり。

浦島入江、至らぬ所もなく釣をし、貝をひろひ、みるめを刈りなどしける所に、ゑじまが磯といふ所にて、亀を一つ釣り上げける。

浦島太郎この亀にいふやう、汝なんじ生あるものの中にも、鶴は千年、亀は万年とて、いのち久しきものなり。忽たちまちここにて命をたたむ事、いたはしければ助くるなり。常には此の恩を思ひいだすべしとて、此の亀をもとの海にかへしける。

亀をつかまえた浦島太郎、亀は万年というのに、ここでいきなり殺すのは忍びないと言って逃がしてやるんですね。

子どもたちにいじめられていた話はない!?

それはまだなんです。いったい、いつ追加されたんでしょ??

それにしても、逃がす時に常にこの恩を思い出せなんて、かなり押しつけがましい(;)

で、龍宮城も登場。四方の戸を開けると、それぞれ美しい四季の風景が広がる。

楽しく暮らすうちに、気がつけば早3年。

置き去りにしてきた父母のことを思いやっと?、ひと月おいとましたいと乙姫に申し出ますサラリーマンの有給休暇か!。

すると乙姫、さめざめと泣いたあと、

また女房乙姫申しけるは、今は何をか包みさふらふべき何を隠しましょう。みづからはこの龍宮城の亀にて候ふが、ゑじまが磯にて御身に命を助けられまゐらせて候ふ、其の御恩報じ申さむとて、かく夫婦とはなり参らせて候ふ。又これはみづからがかたみに私の代わりとして御覧じ候へとて、ひだりの脇よりいつくしき筥はこを一つ取りいだし、相構へて決してこの筥を明けさせ給ふなお開けにならないでくださいとて渡しけり。

最後の明けさせ給ふなのさせは使役ではなく、尊敬の助動詞です。

自分は、あの時の亀だと正体を明かし、箱を渡して開けるな!。

条件も理由もなしに、ただ開けるな、と禁止するなら、そんなもん渡すなよ()と言いたくなりますよね。

帰ってみると、故郷は変わり果て、知り合いは誰もいない。

浦島太郎、箱を開けます。

この箱をあけて見れば、中より紫の雲三すぢ上のぼりけり。これを見れば、二十四五の齢よはひも、たちまちに変はりはてにける。さて、浦島は鶴になりて、虚空に飛び上りける。

浦島太郎、おじいさんになったのは現代版と同じですが、鶴になって飛び立つんですね。

で、浦島明神という神様になり、乙姫と夫婦神めおとがみになります。

めでたしめでたし。

最後がなんとハッピーエンド()なんですね。

神になる、というのは死ぬことでもあるから、ほんとは微妙ですが

さてさて、もう一つの相違点である子どもたちにいじめられていた亀のモチーフは、いつから?

国定教科書

明治時代に国語の教科書に載せられたとき、浦島太郎の物語は最後の改変が行われます。

竜宮城での乙姫とのラブラブ生活は大幅カット子供向けだから当然か。

さらに、いじめられていた亀を助けて、その恩返しにというモチーフが加えられます。

これは道徳教育的な要請からでしょうね。

こういう改作をして子供向け読み物にしたのは、明治の文学者、巌谷小波だそうです。

それが国定教科書に載せられ、一般に定着していったんですね。

鶴になって、乙姫と夫婦神になってという結末も、このとき、なぜかカットされました。

いやいや。

おなじみの浦島太郎物語ひとつ取っても、長い歴史と変遷があるんですね。

昔話、おそるべし。